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水道の移り変わり

タップくんの絵

今のような水道ができるまえ、人間は、川や地下水などの自然(しぜん)の水をそのまま使っていたんだ。
でも、大勢(おおぜい)の人がまちをつくって暮(く)らすようになると、感染症(かんせんしょう)の予防(よぼう)や消火のためにも、安心して水を使えるような設備(せつび)が必要(ひつよう)になってきたんだ。
そこで、川や湖の水を砂(すな)などに通して、きれいにしてからまちに引いてくることが考えられ、このようなしくみの水道が、1829年に世界ではじめてロンドンにつくられたんだ。日本では、1887年に横浜(よこはま)で初めてつくられたんだって。
今では、日本のほとんどの人たちが水道を使っているけど、世界中では、まだ3分の1しか行きわたってないんだ。
きれいな水を自由に使うことができるわたしたちは、とってもめぐまれているんだよ。

愛知中部水道企業団水道年表(ねんぴょう)

西暦
(せいれき)
和暦
(われき)
できごと  
1954~1961年 昭和29~36年 生活で使う水が井戸水(いどみず)のみでは足りなくなり、簡易(かんい)水道ができる


1696~1970年 昭和44~45年 木曽川から豊明市(とよあけし)・日進市(にっしんし)・長久手市(ながくてし)・東郷町(とうごうちょう)へ水道を引く
1971年 昭和46年 矢作川(やはぎがわ)からみよし市へ水道を引く
1975年 昭和50年 豊明市・日進市・みよし市・長久手市・東郷町が一緒に愛知中部水道企業団(あいちちゅうぶすいどうきぎょうだん)をつくる
1978年 昭和53年 三ヶ峯配水場(さがみねはいすいじょう)が完成する
1982年 昭和57年 東郷配水場(とうごうはいすいじょう)が完成する
1983年 昭和58年 二村山配水場(ふたむらやまはいすいじょう)が完成する
1986~1987年 昭和61~62年 冬に雨が少なくなり水不足(みずぶそく)になる
1987年 昭和62年 横道配水場(よこみちはいすいじょう)が完成する
1993年 平成5年 三好ヶ丘配水場(みよしがおかはいすいじょう)が完成する
1994年 平成6年 夏に水が足りなくなり水道が時間によって出なくなる
1995年 平成7年 阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)が起こり、応援(おうえん)を行う
2011年 平成23年 東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)が起こり、応援(おうえん)を行う

水道の豆ちしき

水田(すいでん)が洪水(こうずい)を防ぐ?

 もし木曽川に一度に雨水が流れこめば、下流では大洪水(こうずい)になってしまいます。そうならないのは上流の森の土に水がたくわえられる他に、下流でも田畑に水がたまるからです。だから近くに水田(すいでん)がない大都会は、大雨が降ると洪水(こうずい)が起こることがあります。 農業は食べ物をつくるだけでなく、安全な国土をつくるために必要(ひつよう)なのです。

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